ニュース
» 2013年2月 6日 更新

ハイ・コミュニケーション私論 「談話室 滝沢」の思い出と「銀座ルノアール」買収ニュースに思う

今では知っている人も少ないと思うが、かつて「談話室 滝沢」という店があった。

私が人と待ち合わせをするときには、駅に近かったこともあり、新宿東口駅そばにある同店を利用していた(80〜90年代)。

談話室というだけあって、テーブルのほどよい高さ、イスではなくすべてがソファでゆったりとして座り心地がよかった。
これほど、居心地の良い空間はほかにはなく、唯一無二の存在だった。

社会人(必ずしもビジネスマンだけではない)の打ち合わせ需要を一手に引き受けていた以外にも、原稿とおぼしきものを書いている人、ゆったりと読書を楽しんでいる人などがおり、いつ訪れてもほとんどの席は埋まっていた。
しかも、ビアホールなみに大収容(200名ほど)の店であるが、接客も実に行き届いていた。

これはあとで知ったのだが、接客を重視する方針から、ウェイトレスなどはアルバイトではなくすべて正社員、しかも全寮制で徹底した接客研修や教育を行っていたそうだ。

その後、しばらく利用する機会がなかったが、いつの間にか店がなくなっていることに気がついた。調べてみたら2005年に都内にあるすべての店を閉じて廃業したとのこと。

当初は、ドトールコーヒーなどの低価格コーヒーチェーン店の増加、スターバックス、タリーズなどのこじゃれた欧州カフェスタイルの隆盛もあり、広々とした贅沢な空間ではやはりビジネスとして難しくなったのだろう程度に思っていた。

しかし、実際にはまったく違っていた。

ネットで調べてわかったことなのであるが、なんでも従業員の確保が困難になり、社員寮もやめ、ウェイトレスの約8割をアルバイトに依存するしかなくなったこともあり、「店員の教育が徹底できず、サービスの質を維持するのが難しくなった」ことが廃業に至った理由だったようだ。

なんでも、社長の滝沢次郎は「滝沢がお客様に売るのはコーヒーではなく、社員の人格・礼儀作法である」という理念を掲げていたそうで、その信念を貫徹できなくなったことから、廃業にとすることになったという理由が、まるで矜恃のある武士のようにも感じる。

今日となっては、その存在を覚えている人は少ないが、むしろ今の時代にこそ「談話室 滝沢」は必要だったように思う。


■「銀座ルノアール」買収とマーケティングにおける「独自性」について

さて、昨年12月、「ルノアール、キーコーヒーとの資本提携でスタバ化? 激化するセルフ式チェーン業界」という記事で、同チェーン店がキーコーヒーの子会社になることを初めて知った。
先月には、「銀座ルノアール、キーコーヒー傘下に 全国展開へ」という正式な報道もあった。

「ルノアール」は、先の「滝沢」に比べれば都内の至るところにある喫茶店だ。
昨年の記事には「「昭和の喫茶店」銀座ルノアールは、セルフ式コーヒーチェーン、ブレインズコーヒーとして復活するだろうか? 先行するスターバックス、タリーズやドトールを追撃するのは、生易しいことではない。」と書いていた。

多分、難しいだろうと私も思う。

「ルノアール」は、私も打ち合わせではよく利用していた。ゆったりとした空間で、ほとんどがビジネスマン(男性客ばかり)が打ち合わせに利用する店だ。
打ち合わせ以外にも、かつては怪しいコミッションセールスマンが、若者に必死で何かの商材をセールスしている姿を見かけることもあったが、昨今ではPCに向かってメールを打っている、あるいは懸命に書類作成をしている人たちを利用する場となっていた。

その「ルノアール」が、スターバックスやタリーズ、ドトール、エクセシオールカフェまたはサンマルクカフェの後追い(真似)をしても、その存在価値は発揮できないだろう。

なぜなら、今までのスタイルにこそ、逆にこれらのチェーン店が真似したくてもできない「独自性」に他ならないからである。

コーヒーを飲んで一休みしたいだけであれば、窮屈さを我慢すればこれらのチェーン店でも十分であるし、最近ではマクドナルドなどのファーストフードのコーヒーの味も捨てたものではない。
それらと競合する苛烈な戦場に参入するのである。

もちろん、打ち合わせ(ミーティング)が主目的であれば、最近では都内に続々と誕生しているコワーキングスペースなどの方が、ビジネス目的の利用には便利で最適だろう。
これらコワーキングスペースも、これからは駅近くで至便、料金が安いということよりも、いかに快適な空間を提供できるかということが、メインの課題となってくるだろう。

マーケティング戦略において「差別化」とは、他社の強みをどのようにして模倣せず、むしろ捨てるかということにあるのだが、これは「言うは易く行うは難し」の代表例である。

「差別化」というのは陥穽である。ポジショニング戦略の第一人者ジャック・トラウト"Defferentiate"(識別する)は、だからこそ「差別化」ではなく「独自性」と考えるべきなのである。

「銀座ルノアール」が、キーコーヒー傘下となったことで、どのような戦略をとるのかはわからないが、今までのスタイルのまま残って欲しいと願う私である。


▼ルノアール、キーコーヒーとの資本提携でスタバ化する? 激化するセルフ式チェーン店業界

▼『独自性の発見』復刊によせてーーマーケティングにおける差別化と独自性(1)

▼『独自性の発見』復刊によせてーーマーケティングにおける差別化と独自性(2)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

プロフィール

梅下武彦

梅下武彦

コミュニケーションアーキテクト兼ブロガー。20世紀は広告代理店の“傭兵マーケッター”、21世紀はベンチャー企業のマーケティング責任者を歴任。現在、マーケティングコミュニケーション領域の戦略立案や設計、アドバイザー・メンターとして活動している。また、様々なソーシャルメディアで活動するSocialmediactivisとして、現在をDigital Ambient Society、Communication Metamorphosesと定義し、多様に激変する社会現象・事象、時代情況を独自のマーケティング視点で語るコラムを執筆中。 ソーシャルテクノロジー社会におけるMarketing DisruptionとCommunication Ecosystemの関係を探求している。

ハイ・コミュニケーション私論のバックナンバー

カテゴリ

「マーケター通信」購読一覧