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» 2015年3月30日 更新

ハイ・コミュニケーション私論 "コロンブス指数"で「30年後の普通や常識を考える」ーーSCHOLAR.professorに参加して

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私的公開日誌ウェブ歴150331.01

SCHOLAR.professorは、まるで大学のゼミのような印象だ。今回、慶應義塾大学環境情報学部教授の増井俊之教授の話しを聞く機会に恵まれた。
教授は、この2月に『スマホに満足してますか〜ユーザインターフェイスの心理学』(光文社新書)を著したばかりだった。

SCHOLAR.professorは、新しい価値やサービスを作る人(研究開発職、デベロッパー、プログラマー、新規事業開発担当者など)を基本とし、講義とディスカッションを提供し、参加者にとっては思考力を鍛える道場のよう雰囲気でもある。
今日的な言い方をすれば、むしろ一種のフューチャーセンター的コミュニティかもしれない。
講師には毎回異なる人をゲストに迎えるのだが、いずれも現場で活躍する超一流の研究者(サイエンティストやエンジニア)が務める

ヒント、気づき、発見はもちろんだが、それ以上に知的好奇心を刺激することもあり、参加することを楽しみにしている集まりの一つである。

増井教授は、東京大学大学院を修了後、富士通、シャープ、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所などでを経て、米Apple社でiPhoneの日本語入力のシステム開発に貢献したことで知られる。
増井教授がアップル社に行くとこになったのは、ガラケーの日本語予測変換入力システム(POBox)を開発したことがきっかけで、iPhoneの入力方法の開発者としてApple社に招聘された

今回の講義は、「当たり前に受け入れている不便を拒否しよう」がテーマである。


■30年前と変わらないユーザーインターフェイス

今日、あたり前のように使われているキーボードとマウスだが、それは1973年ゼロックスのパロアルト研究所(通称:PARC)で開発されたAltoがベースとなっている。それは、今日のパーソナルコンピュータの原型である。

Altoは、ビットマップディスプレイ、マウスを当初から標準で装備し、ウィンドウとアイコン、ポップアップメニュー使ったグラフィカルユーザインタフェース (GUI)、WYSIWYGなども備えていた。
そのほかにも、Smalltalk、イーサネット、レーザープリンタなど、今日では"あたり前"となっているような技術が、最先端テクノロジーとして様々な発明や研究開発が当時のPARCでは行われていた

もっとも有名なのは、「マウスの発明者」ダグラス・エンゲルバート、パーソナルコンピュータのコンセプト「Dynabook」を考案したアラン・ケイだろう。

その6年後の1979年、スティーブ・ジョブスがPARCが訪れたことはいまでは伝説になっている。同社で様々な技術やデバイスを見て回ったジョブズは、「コンピュータの未来はここにある!」と開眼する。
この同じ年には、実はビル・ゲイツも訪れていた

Alto開発から約10年後(84年)、アップル社のMacintoshがついに誕生する。
さらに10年後(95年)、今度はWindows95が登場する。

しかし、ハードウエア技術は日進月歩だが、UI/UXもそのころからほとんど進歩が見られないと増井教授は言う。
確かに、PCのOSはバージョンがアップデートされるたびに、「ルック・アンド・フィール」はより洗練されつつあるが、基本的な操作方法や使い勝手に革新が起こっているわけではない。
iPhoneやiPadでのウィンドウ、アイコンなども基本的にはPCからの応用や流用である、といわれてみればその通りだ。

そうした「知的生産に不向き」でしかない今日のスマートフォンを、便利(満足)だと思っていていいのだろうか、と増井教授は問う。
私の考えでは、スマートフォンがデバイスとして"主役"であり続ける限り不便さの解消は難しいだろう。

教授は「保存」も不便だと語る。
Evernoteを利用している人にはわかるのだが、なにか書いたらすぐに自動的に保存されるし、undoすれば何度でもそのまま書いた元の内容に戻れるのでそのつどムダな操作をする必要がなく、実にありがたいインターフェイスだと私も感じている。


■実は不便なネイティブアプリ

ところで、私が不便に思うのはスマートフォンのネイティブアプリである。

クラウドの進展で煩雑なアプリは必要なく、ブラウザ上でなんでも処理できるようになったおかげで、オンライン上で文書やプレゼンテーション資料、スプレッドシートなどが同期や共有あるいは作成までも可能なほどになり、各々のアプリを用意したり起動したりする必要なくなった。それなのにである。

これでは、まるでかつてのPCと同じではないか
昨年、facebookがメッセージを別アプリにした。それで友人にメッセージを送ろうとするとメッセージアプリが勝手に起動してしまうので鬱陶しいというフィードをいくつか見かけた。facebookは、今後も様々な機能は個別アプリ(細分)化を推進していくだろう。

それでも、ゲームのように好きで楽しむ分にはよいだろう。
昨年末、ソーシャルゲーム協会(JASGA)がコンピュータエンターテインメント協会(CESA)が吸収するニュースが流れた。また、最近、gumiのブラウザゲーム系の開発者を中心に100名程度の希望退職者を募集などに象徴されるように、特にゲーム業界ではもう何年も前からブラウザ系ゲームの終焉が進行していた
もちろん、「スマートデバイス・ファースト」では仕方がないという事情もある。

私はスマートフォンでも、可能な限りブラウザで済ませるようにしている。Gメール、検索、スケジュール管理、地図などもブラウザ利用なのでタブを切り替えるだけで済ませているが、これがネイティブアプリだと全て個々にアプリを起動しなければならない。
PCであればブラウザだけで操作や処理が済むようなことでも、スマートフォンでは2つや3つのアプリが必要だとしたら、非効率的で煩雑になって手間がかかり不便なだけではないかと感じる。

こうした状況こそ、今回講義のテーマである「当たり前に受け入れている不便を拒否しよう」の典型例のような気がする。

Apple WatchではSafariが非搭載になるとのことで、いよいよ全をネイティブアプリで実行する環境になるらしく、ブラウザの終焉だと早くも騒がれている状況だ。これからもしばらくはこうしたネイティブアプリ全盛の状況は続くだろう。
もちろん、こうしたスマートデバイスは画面も小さく、ブラウザが使いにくいのは否定しようのない事実ではある。

そうした意味では、ブラウザ自体はPCでのアプリとして残っていくだろうが、今後、ウエラブル、IoTの進化や発達にともない、ほかのあらゆるデバイスでは利用されるなくなるだろう。
どのみち、いま現在の私たちがPCと呼んで利用している製品自体、近い将来は一部の特別な人たちだけが利用するようなデバイスになっているだろうと、私はこれまでにも何度か指摘している。

最初に書いたのは09年のブログ「PCがなくなる日ーーコンシューマー向けPCはなくなる」で、以下のように述べた。

「数十年後には、コンシューマーの日常生活でのアクティビティ(コミュニケーション、情報収集、エンターテイメント等)において、かなりの程度のことをこうしたこれらの多様なデジタル端末が提供し満たすようになるだろう。
ひょっとしたら、それは更に新しい端末(例:ウエアブル端末)であるかもしれない。
こうした進展の過程で、記憶媒体としてのHDDもフロッピーディスクのようにその使命を終える。
そうなった時、様々な人々のアクティビティについて、どうしても日常生活でPCを必要とする人以外は、PCを持たなくなる。」

この4か月後、噂のiPadが発売され、やはりPCは特別に必要な人たちだけのものになるなと確信した。

PCどころか、今のスマートフォンもそのうち不要になるだろう。
例えば、AppleWatchのようなウエラブルデバイスと繋がったヘッドセット(海外ドラマに多い耳に付けるBluetooth)だけで会話するような機器の時代が遠からず到来するればスマートフォン自体が必要なくなり、ウエラブルデバイス(ウォッチ型とは限らない)とヘッドセットだけでコミュニケーションできるし、それ以外、例えば、学校(教科書、参考書など)や職場(各種書類、資料など)では、当面はPad(タブレット)だけ全てを済ませるようになるだろう。
さらにテクノロジーが進展してDigital Ambient化すれば、ウエアラブル端末だけでPadも不要になる。

そうなったとき、ネイティブアプリがどう進化していくのか、現時点では私には明確な解答は用意できない。わかっているのは、現在のようなネイティブアプリの時期も、私たちが思っているよりひょっとして短いかもしれないだろうということくらいだ。
テクノロジーの進化次第とはいえ、誰かがこのネイティブアプリの不便さや煩雑さを解消してくれることに期待したい。

結局は、消費者の社会生活の中で、ちょっとした行動などを便利に楽にしてくれるようなサービスや技術が支持され、ユーザーを獲得して使われ続けることだけは確かである。


■発想法の核は"コロンブス指数"で「30年後にある普通や常識を考える」

増井教授は、本当にいいものができた思えるようなものを作ると、開発者はそこで満足してしまい思考停止に陥るという。

教授は、日々なにかちょっとしたことでも不便や不満を感じると、それを解決しようと考えて発明や開発をし、友人や知人たちにも使ってもらい、フィードバックからさらに創意工夫や改良を重ね試行錯誤を繰り返しているそうだ。
開発者の中には、往々にして自分では使わない人たちもいるのだが、それではまったくダメでEat your own dogfood(自分で使えという意味)という姿勢や心がけが必要だと。

これまでに様々な発明や開発をしてきた技術やサービスを、この日もいくつかのデモをご紹介いただいた。これまでに30くらい開発した中一つにGyazoがある
これは、スクリーンショットの瞬間共有」のための無料画像アップロードサービスで、これがいまでは一番ビジネスとして軌道に乗りつつあるとのこと。

先のアラン・ケイの有名な言葉「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」を、なにかにつけて実践することだとおっしゃる。
発想法は多くの本に学んだり研究したそうだが、問題の発見やヒントは様々な情報や知識を吸収して考えぬいて脳内で撹拌するべきだと。

また、増井教授の発想の公式は「コロンブス指数」だという。
この「コロンブスの指数」は「複雑さ分のインパクト」だそうで、ユーザー体験を複雑さで割り、その数値が高いほど「コロンブスの卵」的な感動的かつ創造的で革新的な開発(発明)になるとのこと。

私自身、個人的な経験と知見から判断すると、発想とはこれまでの見方やフレームワークから外れることだと思っている。
洞察、着眼や着想、視点などを変えることで、見えなかったものが見えるようになったり、気づきやヒントを発見するのだと思う。
まったくの無から有を産み出すのは並大抵ではない。

ところで、数年前、幸運にもApple社でインターンを経験した上杉周作が、Twitterで書き込んだ下記のツイートがネット上でもかなり話題となった。

「アップルで働くまで、イノベーションというのは「今にない、新しいものを作ること」だと思ってた。でもそれは違って、イノベーションというのは「未来にある普通のものを作ること」なのだ。この違いを理解できるまでかなり時間がかかった。」(2011.2.5)

増井教授の「30年後の普通や常識を考える」という言葉も、まさにそうした視点で語られているように感じた。

また、4、5年前、サイボウズ創業者の高須賀さんによる「頭のいい人も新事業で大ゴケ!?事業創造のサイエンスとは」というアンカンファレンスに参加したとき、そして今年はじめに『「納品」をなくせばうまくいく』(日本実業出版社刊)で話題のソニックガーデンの倉貫さんから話しを聞いたとき、私が感じたのも今回と同じような印象だった。

それまで常識、あたり前と思っているものへの問い、それを深く洞察してこれまでとは違う視点、着眼・着想から考えることが、現状を打破し革新へとつながるのだということを強く実感する。

「独創的ーー何か新しいことを最初に見ることではなく、古い、古くから知られた、誰にでも見られ、見過ごされているものを新しいもののように見ることが、本当に独創的な頭脳のしるしである」(ニーチェ『人間的な、あまりに人間的な』より)

これはニーチェの箴言の中では、私がもっとも気に入っているものだ。
この冒頭におかれた「独創的」という言葉の替わりに、イノベーション、オリジナル、洞察、着眼・着想、発想あるいはビジョン、パラダイムシフトという言葉を当てはめたらどうだろう
そうすれば、上記の言葉の意味が実感をともなってぐっとわかりやすくなるだろう。

ちなみに、マルクスが娘から好きな言葉について聞かれ、それへの回答は「すべてを疑え」だった。


■Digital Ambient Society=Communication Metamorphoses社会へ

一時期、メディアで喧伝された「ユビキタスコンピューティング」は、いつでもどこでもネットにつながっているあるいはコンピュータが利用できる環境といわれている。

しかし、MITの石井教授によれば「コンピュータが環境にすっかりと溶け込み消えてしまう」状態を述べているそうだ。

すなわち、オンラインとリアルを含めたつながり、GPS、NFC、ビッグデータ、AR/VR、RFID、IoT、AI、ウエアラブルデバイス、モーションコントロール、テレマティックス、量子コンピューティングなど、この数年のテクノロジーの急激な進展でネット(デジタル)とリアルとが無限にあらゆるレイヤーで融解しつつあり、デジタル(デバイス)の存在さえ意識することがないように環境化され、それがあたり前の社会生活として数年後には私たちはなじんでいるだろう。

私はそうした社会の到来を、Digital Ambient Societyと勝手に命名している。
PCとメールの登場で、電話やファックスからコミュニケーション方法が劇的に変化した。ソーシャルメディアやスマホの登場でメッセージ利用が増えて環境がまた変わった。ウエラブルでさらに激変するだろう。
私はそうしたコミュニケーションの飛躍や革新、状況や環境をCommunication Metamorphosesと、これまた勝手に命名している。

テクノロジーの発達でハードウエアやデバイスが複雑で精密になればなるほど、それとは反比例するかのようにUI/UXはシンプルになっていなければならない

こうした集まりに参加して思うは、気づきや発見も大切なのだが、それ以上に自分自身の考え方や視点が間違っていないかなどを確認可能な場でもあるというこが非常に大切で価値あることだと感じる。

さて、次回のSCHOLAR.professorは4月20日(月)開催予定である。
ゲスト講師は『人と「機械」をつなぐデザイン』(東京大学出版会)をこの2月に上梓したばかり、東京大学大学院情報学環の佐倉統(おさむ)教授だ。

テーマは、ずばり「進化生物学から見た「人と機械をつなぐ方法」についての考察」。どのような講義やワークショップになるのか楽しみだ。なお、興味があり、次回の詳細を知りたい方は下記★印のURLでご確認いただければと思う。


(関連リンク)
▼SCHOLAR.professor
http://scholar.tokyo/

▼SCHOLAR.professor(Facebook公式ページ)
https://www.facebook.com/SCHOLAR.tokyo

▼SCHOLAR.professor(Twitterアカウント)
https://twitter.com/SCHOLARtokyo

▼増井俊之 (Toshiyuki Masui)
http://www.pitecan.com/Index/

▼UI研究の第一人者・増井俊之が目指す「コロンブス指数」の高い発明とは?
http://engineer.typemag.jp/article/ui

▼「みんなジョブズに騙されている」増井俊之教授が進歩の止まったコンピュータのUIを問い直す
http://engineer.typemag.jp/article/techlion18

▼増井俊之、未来のUI開発に向けた思考と試行~希代の発明家は、なぜ今研究室を"リビングルーム化"するのか?
http://engineer.typemag.jp/article/masui_ubiquitous

▼ジョブズ氏のiPhoneの開発中に、アップルに入った増井俊之さんが語ったジョブズ氏の人身操縦術がわかる面接の思い出。
http://sakainaoki.blogspot.jp/2012/01/iphone.html

▼PARC(日本語ページ:PARCの歴史)
https://www.parc.com/jp/about/milestones.html

★SCHOLAR.professor 第4回イベント:佐倉統「人と機械をつなぐ方法」
http://scholar4th.peatix.com/


(関連オススメ図書)
※ 増井教授の著書のほか、UI/UX中心の参考図書をあげておく。下記の図書多くは、残念ながら絶版になっているものが多い。文庫版で復刊して欲しい本ばかりだ。
アマゾンや楽天などでも安く手に入るし、もしブックオフで見つけたら即買いだと思うので、興味のある方は探してみるとよいだろう。
1.『未来をつくった人々ーーゼロックス・パロアルト研究所とコンピュータエイジの黎明』(絶版)
2.『アラン・ケイ』(絶版)
3.『なぜITは社会を変えないのか』(絶版)
4.『ダートウゾス教授のIT学講義』(絶版)
5.『パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!〜複雑さに別れを告げ、"情報アプライアンス"へ』(絶版)
6.『Being Digital』(Kindle)
7.『思考する機械コンピュータ』 (草思社文庫)
8.『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』(みすず書房)
9.『SF映画で学ぶインタフェースデザインーーアイデアと想像力を鍛え上げるための141のレッスン』(丸善出版)


【おすすめブログ】
・企業の新規事業開発部門は、なぜ「うだつがあがらない」のか?ーーSCHOLAR.professorに参加した
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・PCがなくなる日ーーコンシューマー向けPCはなくなる
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梅下武彦

梅下武彦

コミュニケーションアーキテクト兼ブロガー。20世紀は広告代理店の傭兵マーケッター、21世紀はベンチャー企業のマーケティング責任者を数社で歴任。現在、マーケティングコミュニケーション領域の戦略立案や設計(最適化)、アドバイザーとして活動をする一方、主にスタートアップ支援を行いつつSocialmediactivisとして活動中。Digital Ambient Society、Communication Metamorphosesが進行しつつある今日、そうした多様な社会現象・事象、時代情況を独自のマーケティング視点で語るコラムとしたい。

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