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» 2016年3月 1日 更新

ハイ・コミュニケーション私論 The Community for the rest of us(中編)ーー「コミュニティフォーラム2016」に参加して

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当初、このブログは後編として完了させる予定だったが、私自身がこれまで考えてきたことを整理ながら書いているうち、思いのほか長くなってしまった。そこで、ここはまことに勝手ながら本ブログを中編とすることにしたので、そのことは皆さまに最初にお断りしなくてはならない。

これは大変に申し訳なく、この中編では、前編でのお裾分け記事を受けて「なぜいまコミュニティ志向なのか?」について、自分なりに気づきや示唆など深化したことをシェアできればと思う。
その分だけ、読んでいただける方々にヒントや視点などを提供できるよう最大限の尽力するので、その点についてはなにとぞご了承ならびにご承知をお願いしたい。

先月(1月)、『コミュニティ運営における「3つのレッスン」ーーJapan NYC Startups Meetup運営者を招いて〜ニューヨークでのミートアップ運営で学­んだこと』というブログを書いたが、コミュニティ志向がなぜ強まりつつあるのかについても軽く触れた。

また、そのmeetupよりもさらに1年(14年)ほど早く日本に上陸し、世界30カ国で約1億5000万人のユーザー数を誇る口コミコミュニティYelp(イェルプ)も、地域密着によるオフラインでのつながりを重視している。
上記ブログでは強まるコミュニティ志向について、「別の機会にじっくりと論じてみたい。」と記したのであるが、今回がそうしたタイミングであると感じている。

昨年(15年)夏以降、いくつかのネットサービス(プラットフォーム)において、コミュニティサービスの新リリース、既存サービスの機能強化・追加が続々と登場してきた。
8月、コミュニティ形成の実証実験として、NTTレゾナントから同じ興味関心を持つ人と匿名でコミュニティ(むら)を作ることができるサービス「MURA」(β版)の提供が開始された。
10月にMeetup日本語版リリース、11月にはユーザーは多いがアクティブ率が低いので話題なっていないが、Google+は実は「コミュニティ」と「コレクション」を軸としたサービスに変更した。

今年(16年)に入り、1月に東京の湾岸エリアを中心とした地域密着型O2Oコミュニティ「PIAZZA」(ピアッツァ)が試験運用を開始
2月、Peatixがグループ(コミュニティ)機能を導入したニュースがネット上で大きく注目された。

タイムリーにも先日公開されたばかり、小林弘人氏×佐藤尚之氏のお二人による対談『ネットコミュニティから見えるコミュ二ケーションの姿〜コミュニケーションはネットから再びリアルを志向する(前編/後編)』をたまたま読む機会があり、同じテーマについて同じような関心と視点で語っていることがわかり、今回のブログを書くにあたりとても勇気づけられた。

つまり、あたかも後押し(お墨付き)をいただいた気分となり、これから確信を持って私は書くことができるなと安堵したのだ(^_^)。


■コミュニケーション環境の大きな変容

私の新社会人になったころをのオフィス環境を思い出してみる。

企業にワープロが導入され始めたころ。それもまだ高価で数台しかなく使うには順番待ちがあった。オフィスでは、常に誰かの電話が鳴っていたし社員同士の会話がどこかで聞こえ、密かに話すときには内線電話を使っていた。携帯電話のない時代、会社からの呼び出しや連絡はポケットベルだし、帰社して業務日誌を書き、それを上司に確認してもうことで1日の仕事が終わる。仕事後はさらに飲みにケーションが待ち構えていることもあった。

もし、いまその同じオフィスを訪れたら、様相や雰囲気は一変しているに違いない
電話が鳴ることは少なく静かで各自デスクにノートPC、外部のクライアントとの連絡はメール、社員同士の会話もチャットなどで行い、会社からの呼び出しもスマートフォンのメッセンジャー。業務日誌はグループウエアや社内SNSなどで情報共有。
クリエイティブ部門では、クラウド環境なのでテレワークやリモートワークの人がひょっとしたらいるかもしれない。
また、仕事が終われば、社外の友人や知人たちとの近況報告や連絡事項も様々なソーシャルメディアで行う。

つまり、すべてのコミュニケーションが、オンラインだけで完結できるほどにコミュニケーション環境が劇的に変化している。

私自身、長年にわたりマーケティングコミュニケーションにたずさわっているということもあるが、ソーシャルテクノロジーの急速な進展がもたらす社会で、こうして変容しつつあるコミュニケーション環境(Communication Metamorphoses)に興味があり、そのあり方や環境や関係がどのように人々に影響を与えるのかを自分なりに探求している。


■テクノロジー+多様性への反作用としてのコミュニティ志向

人間社会の歴史を振り返ってみれば、家族や氏族・部族、村落共同体(市町村)、また学校やその地域、職場からはては民族(人種)や言語、宗教そして国家にいたるまで、様々なレイヤーにおける強固な共同体(コミュニティ)のつながりがあり、そこからいかに解放された自己を確立あるいは自立しを獲得できるのかが社会史的な大きな流れであった。

そうした強いコミュニティ(親密なもの=しがらみ)から、共通利害による経済合理性に基づく結合関係という経済的原理・原則を優先させることで、近代の市民社会を築き発展してきた。

今日、ソーシャルメディア上などの弱いつながりやサークル・グループのような気軽なつながりではなく、より強いつながりや共同体を希求しているように見受けられる。しかし、それは従来のような血縁や地縁のそれとは異なるものを志向している。
そうしたコミュニティやつながりに出会えるか否か、それにより考え方だけではなく、生き方やキャリアなど人生そのもにも大きな影響を与える。

現代社会においても、自宅や職場などを軸に、人々は各々の生活圏で様々な小さなコミュニティの一員(構成員)として活動している。
しかし、地方の地域コミュニティは過疎化による衰退が進行し、都市では地縁が希薄で隣人が誰なのかもわからず、ご近所付き合いはあってもどこか息苦しい。

例えば、学校(保育園)や公園の子供たちの声は騒音でうるさく迷惑だと苦情をいう人、学校でのいじめ、職場でのハラスメント、それ以外にも町内会、PTA、商店街の組合、マンションの管理組合など、様々なコミュニティでの人間関係からのストレスが原因で精神的な負荷は高くなる傾向にある。
ストレス症状が重くなれば、精神疾患や鬱状態から不登校や引きこもりになってしまう人までいる。

ここ数年、文部科学省が推進している「コミュニティ・スクール」が増加しているそうだ。
これは、保護者と教育者、地域住民とが一体となって学校運営に参画することだ。制度自体は04年にスタートしたが、11年3月の東日本大震災で多くの学校が避難所となり、地域の人々が支えたことで学校と地域の関係が見直されて以降は急増しているとのこと。

厚生労働省は、15年12月1日からストレスチェックと面接指導の実施等を制度化して企業に義務づけるよう法令で定めている。
しかも、ソーシャルテクノロジーの進展が様々な人々の相互理解を促し、より幸福な社会へと導くという希望が語られた時期もあったが、いつでも誰かとつながっていることが常態化し、それが逆にストレスや不安を増幅させる要因のひとつとなってしまった。
こうしたメンタルケアは、先進国共通の課題でもある。

今日の社会情況もあるのだろう。数年前には昭和30年代を舞台にした映画が大ヒットした。
高度経済成長期、だれでも豊かさや夢と希望に満ちていた時代。老人たちにとっては古き良き時代への郷愁であり、知らない世代にとってはかつて確かに存在した社会への憧憬があるのかもしれない。

ソーシャルテクノロジーが急速に進歩している今日の社会だからこそ、むしろこうも言えるだろう。
技術進歩の反作用として、同じ価値観や考え方の人たちとのつながり、快適な雰囲気とリラックスした楽しいコミュニケーションを渇望している。要するに、ハイテクに対しその分だけハイタッチが必要とされているのだと。

多様性を受け入れるあるいは個人を尊重(寛容)することについて、頑なに異論や反論を声高に唱える人はきっと少ないだろう。しかし、個であること、そうした個がつながることで多様性を受容する社会という期待は、いまでは大きく困難な壁を前にして戸惑い揺らいでいる


■『サードプレイス』または『指向性の共同体』あるいは「フィルターバブル」について

米国の社会学者レイ・オルデンバーグは、その著書『サードプレイス』(みすず書房刊)において、自宅、職場(学校)とも異なる「第三の居場所」という視点を提唱した。今日の第一の居場所(家庭とその地域)、第二の居場所(職場や学校)など日常生活では常に摩擦や軋轢が絶えない。

今日の様々なコミュニティが存在し、人々がそこに求めているのは、居心地の良い第三の生活空間(「インフォーマルでパブリックな営み」)なのだ。

あるいは、梅田望夫がウェブ時代のキーワードの一つとして語る「志向性の共同体」ということなのかもしれない。
同じような価値観を共感できる人たちだけのコミュニティは誰にとっても居心地がよいし求めるのも自然なことだ。しかし、それはその中では居心地を保つことができるが、一歩その外へ出れば摩擦や軋轢だらけの社会に容易に晒される現実に直面する。

これは「諸刃の剣」である。
つまり、こういうことだ。快適なだけのコミュニティは多様性を削ぎ、同じ考えや視点、同じ価値観だけの人たちだけで自分の周囲しか見えなくなり、都合の良い情報だけ、心地よい意見だけに共感し、寛容さは消え異質なもの(多様性)を排除し、気づきや発見なども得られず同質的で均質化したコミュニティになってしまう危険性も同時に孕んでいると。

いわゆる「サイロ化現象」(他者との連携を持たずに自己完結して孤立すること)の集団や組織で、「タコツボ化」と表しても同じだし、イーライ・パリサーが『閉じこもるインターネット』(早川書房)で表現した「フィルターバブル」という陥穽だ。

しかも、今日ではオンラインとリアルの融解が進み、つながりに明確な線引きは難しい。コミュニティにも徐々に参加者が増えてくると、オンライン上かリアルかにかかわらず、多様で複雑な人間関係的な側面が反映されやすい。
そうすると、どうして煩わしい関係性が増えてくるので、より居心地の良さを保とうとしてさらに排除の論理が加速してしまう事態を招くことにもなってしまう。

米国では、富裕層だけが住むエリアとして「ゲーテッドコミュニティ」(Gated community)を形成する傾向が全米に広まりつつある。これは、富裕層の住宅街周辺にゲート(門)を設け周囲を塀で囲むなどして、その居住者以外はエリア内への出入りを制限・禁止するもので私設警察なども組織している。こうしたゲートで排除されるのは異なる人種と貧困層などである。
世界に目を転じれば、いたるところで紛争勃発、テロの続発あるいは価値観(特に宗教や人種)の異なる人たちへの怨嗟の声や暴力が世界中を覆い尽くしている。まさに、ジャック・アタリ著『21世紀の歴史』(作品社刊)で語られている「超紛争」現象がまるで地球規模で大きな波のように次々に押し寄せている。

今日、オンライン、リアルと問わずつながりや居心地の良いコミュニティを求める一方で、それが強化されることで融和ではなく新しい分断化が進行しつつあるように感じられる。


(後編に続く)


(関連リンク)
▼世界最大口コミサービス「イェルプ」のプロに会ってきた
https://tmblr.co/ZAqwRl22OvxRq

▼ネットコミュニティから見えるコミュ二ケーションの姿〜コミュニケーションはネットから再びリアルを志向する(前編)
http://dentsu-ho.com/articles/3585

▼ネットコミュニティから見えるコミュ二ケーションの姿〜コミュニケーションはネットから再びリアルを志向する(後編)
http://dentsu-ho.com/articles/3594

▼コミュニティの未来とは? その疑問(=はてな)に近藤淳也氏が答える
http://ascii.jp/elem/000/001/085/1085235/

▼実践と思想の間でコミュニティを再生していく方法を考える−−地域と個人の関わり方のこれか
http://www.huffingtonpost.jp/machinokoto/community_b_6946154.html

▼地縁、血縁ではなく趣味でつながるコミュニティをつくる
http://www.huffingtonpost.jp/coffeedoctors/community-hobby-ishinomaki_b_8780220.html

▼人間は一人では生きていけない~高齢者を新コミュニティーで支える~
http://www.huffingtonpost.jp/asaka-higuchi/shanghai-elderly_b_9240356.html

▼『サードプレイス』(みすず書房)
http://www.msz.co.jp/book/detail/07780.html

▼地域のサードプレイスとしてのカフェ創出に関する研究(pdf)
http://www.jaist.ac.jp/fokcs/papers/S_paper_Kobayashi.pdf

▼現代消費社会における「サードプレイス」(pdf)
http://bit.ly/1TJDFEe

▼1章 サード・プレイス - 民間都市開発推進機構(pdf)
http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/u46_01.pdf

▼齋藤孝・梅田望夫対談 「大人の作法」(前編)
http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/saitou_umeda/01_1.html

▼齋藤孝・梅田望夫対談 「大人の作法」(後編)
http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/saitou_umeda/02_1.html

▼「アラブの春」とは何だったのか?〜革命の希望はこうして「絶望」に変わった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47972


(おすすめブログ)
●【書評】セレンディピティや多様性が失われ、「類は友を呼ぶ」だけの世界になってしまうのか?ーー『閉じこもるインターネット』
http://blog.marketing.itmedia.co.jp/macume/entry/671.html

●【書評】現代の「パンドラの箱」─『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1841572.html

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梅下武彦

梅下武彦

コミュニケーションアーキテクト兼ブロガー。20世紀は広告代理店の“傭兵マーケッター”、21世紀はベンチャー企業のマーケティング責任者を歴任。現在、マーケティングコミュニケーション領域の戦略立案や設計、アドバイザー・メンターとして活動している。また、様々なソーシャルメディアで活動するSocialmediactivisとして、現在をDigital Ambient Society、Communication Metamorphosesと定義し、そうした多様な社会現象・事象、時代情況を独自のマーケティング視点で語るコラムを執筆中。 ソーシャルテクノロジー社会、Marketing DisruptionとCommunication Ecosystemの関係を探求している。

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